旅立ち

2005年10月2日

須磨

 昨日未明  祖母が旅立ちました。
祖母は 兵庫県の社という所の裕福な造り酒屋に二男四女の三女として生まれた。すぐ上の姉が良く出来、 県一の女学校に上がったので祖母もと、父の兼蔵は特級酒を持って頼みに行ったそうだが そういう訳にもいかず親和女学校に上がった。祖母はそこでヴァイオリンを習ったそうだが 私はお琴を弾いている所しか見たことが無い。20歳で小町と評判の高かった祖母は神戸の二葉町で医者をしていた祖父の元に嫁いだ。束髪に結い 手に日傘を持った祖母の写真は輝くばかりであった。
 2枚目の写真は初初しい丸髷の祖母と今見ても結構イケテルと思える祖父の写真。
祖母によると、当時めずらしいダイヤの指輪と帯止めを結納の一部として収められ、婚礼の行列は延々と続いたそうだ。
 3枚目の写真は一男四女に囲まれた賑やかな家族の写真、この後日本は戦争に突入し
神戸の町も戦火が襲う、焼夷弾の落ちる様子を母から聞いた覚えがある、ダイヤの指輪と帯止めは供出された。それを話す祖母はあきらめきれない様子であった。
 戦後、私が生まれてお正月はもとよりしょっちゅう六間道で開業していた祖父の家に行っていたのを覚えている。朝ごはんはフロインドリーフのイギリスパンのトーストに
塊の北海道バターを塗ったのに決っており私の頭にはパンとバターのおいしさ
が決定的にインプットされてしまった。祖母は何時いっても洗濯をしており、家族の多いこともあるがどうも洗濯そのものが好きだったようにおもえる。
 88歳のとき 祖父が95歳で亡くなった、祖父は医院をやりながら大阪女子大で教鞭を取り、一方多趣味な人でもあった、油絵を描き うぐいすを多く飼い鳴き比べ会にも参加していたようである、俳句は俳号を持ち句集も出した。釣りをし漁師の友達も多くいたようだ。95歳のころ阪神大震災にあい須磨の家は崩壊した、家にいた四人のうち叔母が梁の下敷きとなり亡くなったが祖母は無事であった。
 昨夜未明、医師となった孫のうちの3名が見守り3人の娘に手を取られ、105年に及ぶ
人生を堂々と生き抜き幕を下ろした。


お別れの時 3枚の写真と祖父の句集 柿が好きだった祖母に従兄弟が柿と和菓子をいれた。母は祖母の為に描いた花や果物の画集に朝 柿を描き加えた。私は若く美しかった祖母の肖像画と今日来れなかった女の孫達の思いを込めて柿をプリントアウトした絵葉書に お祖母ちゃん本当に良くがんばりました。バンザイ バンザイ バンザイ(拍手) 紀子 迪子 桃代 圭子 裕子 ついでに理沙と書いたカードを入れておきました。お祖母ちゃんは今 こよなく愛した須磨の海のどこかでお祖父ちゃんや叔父さんと長かった人生を振り返っていると思うのです。

Categories: 日々の事.

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5 Responses

  1. 前田次郎2005年10月2日 @ 8:54 AM

    迪子さん
    お疲れでした。読んでいて思わず落涙しました。いいお孫さんをもったおばあちゃんは幸せ者です。
    お母さんがつかれが出ないかと心配しています。気をつけてあげてください。
    おばあちゃんは本当に美しい素晴らしいお顔でしたね。それは容姿だけではなく、一徹にそして真実に生きてきた人のお顔でした。これからは迪子さんの心の中でおばあちゃんは生き続けるでしょう。時が止まってこれからは105歳のおばあちゃんのままで。時が止まるとは、これからは生臭い人間の生き様ではなく、清らかに。
    早速、紀子さんや圭子のアドレスを送りますが紀子さんの分についてはもう一つのパソコンです。今から礼拝に行きますので帰って早速送ります。
    圭子のアドレスです。
    m.dodo@h2.dion.ne.jp

  2. 先刻のコメントは入らなかった?のでもう1度トライしてみます。昨夜も遅く帰って今日もパーテイとゆうのにたくさん書いてくれて有難う。でも無理はイケマセン。訂正八代(社)双葉(二葉)です。

  3. 報せを聞いてからおばあちゃんのこと、いろいろ思い出しています。昔の六間町の家、大きな鶏小屋の籠、おじちゃんのルノー、須磨の海に連れていってもらったけど出先のことで水着がなくてバレーの練習着を着せてもらったけどスカートのひらひらが波でプカプカ浮いてしまってパンツが見えちゃうと気になってしかたがなかったこと…どの情景でもおばあちゃんはいつもニコニコ笑顔だった。まゆこの初節句の時、おばあちゃんは90歳だった。若かったのねぇ…みんなにいつまでも美しい人といわれて羨ましい…

  4. michiko2005年10月5日 @ 7:21 AM

    そうよね、お祖母ちゃんはいつも笑顔
    でしたね。最後に会った時も笑顔で来てくれて嬉しいと云ってくれましたね。
    秀ちゃんねーちゃんの悲しみは深く
    お祖母ちゃんの事を想うだけで涙が溢れるそうです、肉を引き裂かれるような
    喪失感なのでしょう、傷が徐徐にいやされると良いのですが

  5. もう1個書き忘れ、矢張り気になるので訂正してネ.六間町でなく六間道なの。



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